原瑠璃彦著『日本庭園をめぐる』
ある日、大学の私の研究室にこちらの本が届きました。
原瑠璃彦著 『日本庭園をめぐる』(ハヤカワ新書)
本書は日本庭園に関する専門書ですが、心理療法には「箱庭療法」という技法があるので、たぶんその関連で出版社の方が私のところにも送ってくださったのでしょう。
たしかに私は以前、箱庭療法に関連する研究として「庭」やその中の重要なアイテムである「石」についていくつか論文を書いたことがありますが、そんなにメジャーな論文でもありませんでしたし、よく私を見つけたなあと思いつつ…(笑)。
箱庭療法はもともと英語で sandplay therapy と呼ばれていたもので、特に庭の要素は含まれていなかったのですが、日本に導入する際に河合隼雄先生がそれに「箱庭療法」という和語を当てたのは有名な話です。実際に箱庭療法(sandplay therapy)を使っていると、それが単に砂やミニチュアで何かを表現する技法というだけでなく、庭で用いられる石や樹木などの象徴的意味やそれらの配置の妙、そもそも庭という「ひとつの世界」がもつ治療的働きを理解しておくことがきわめて重要なことを実感させられます。
そのような専門的なことは横においても、個人的に「庭」にはとても惹かれるものがあるので、面白く読ませていただきました。
さて、著者は庭、特に日本庭園というのはわれわれの中にある程度共通したイメージを引き起こすことができるものであるが、一方で庭について語り尽くすことはできないと言います。その上で、基本的な理解のために庭の各要素(石や水や植物や建物など)について説明してくれます。そこでは庭石のもつ重要性、庭における水の使い方等を通して日本文化のある種の特徴がよく描き出されています。
そういった面では、本書は庭に関する専門書ではあるけれど、むしろ庭を楽しむための大変よい入門書になっているように思います。
さらに、本書の面白いところは、<庭の理解不可能性>を前提として、それをいかに保存できるかという難題に取り組み、庭のデジタル・アーカイブを作ろうという試みをおこなっているところです。
例えば、庭の写真だけでなく、庭全体を3Dスキャンしてみたり、音や季節の移ろいもとらえるためにいくつかの地点にビデオカメラを設置し、そこで長回しの録画をとったり、さらにそれらのデジタルデータに庭の植生の説明やそのDNA情報を加えたりしています。
「不十分な複製メディアとしての庭のアーカイブとの相互作用を通して、庭をより豊かに体験する」のだと。
へえーと思いました。箱庭療法の場合も、そのままを残すことはできないので、よく写真に撮らせてもらうのですが、それはあくまである時点のものを映像的に残しているだけで、制作途中の様子やさまざまな角度からの立体的な(3D的な)様子や、その後のクライエントの語りや、できれば箱庭の中に入ってしまいたいほどの細かなミニチュアの姿などは残せていないなあ、これからはそういうことも考えていかないといけないのだなあ、と思わされました。
そんなことを思いつつ読んでいますと、なんと後半に私の本が引用されていました!
『「見る」意識と「眺める」意識 −心理療法という営みの本質を考える− 』(創元社)
これには驚きました(笑)。
特に拙著では「眺める」という意識のあり方を論じた箇所があるのですが、庭への向き合い方からその関連を論じてくださっています。
ありがたいことです。
こうやって異分野の人に引用されるのは特別なうれしさがあります。
『日本庭園をめぐる』にも日本庭園が文理融合実践の場であると書かれてありましたが、その通りでありましょう。心理療法も同様で、心理学だけでなく医学や統計学、あるいは文学や芸術にもまたがるものですので、幅広く学んでいかなければならないし、それもまた楽しいことだなとあらためて感じることができました。
箱庭療法に関心のある方はぜひ一読されることをお勧めします。
箱庭療法の理解にきっと豊かな幅が出ることと思います。
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