食べさせること

 子育ての最中にはいろいろな苦労や心配事があると思います。熱が出たり、吐いたり、発疹が出たりなどは日常茶飯事ですし、少し大きくなればお友だちとの関係や勉強や進学のことも、子育ての中で起こる大きな心配事でしょう。


 障がいを抱えた子どもの子育ても、特に種類の変わった苦労があるというわけではありませんが、障がいのない子どもの子育てと違うところは、非常にベーシックなところで大きな苦労があるということです。


 それは、端的に言えば、「食べさせること」と「寝かせること」です。普通の子育てでもこれは苦労があるとおっしゃる方もいると思いますし、その通りだと知っていますが、それでも人間にとって非常に基本的なこの二つの活動について、障がいを抱えた子どもの子育てをしている方の苦労は、ものすごく大きなものがあると思います。


 今日はそのうち、「食べさせること」について書いてみようと思います。


 長女は、生まれてから7か月間NICUに入院していました。その間は妻が毎日冷凍母乳を病院に届けるという生活でした。当時は口から食べるということができず、鼻から胃に入れたチューブを通して、注射器のようなもの(シリンジと言います)で、直接母乳を入れるというやり方でした。


 退院しても、経鼻チューブは抜くことができず、家でも何時間かおきに、鼻のチューブを通してミルクを入れるという生活が続きました。例えば、外に出かけても、しばらくすると「赤ちゃんルーム」のようなところに入り、そこでミルクを温め、点滴のような形で(多くの場合僕が容器をぶら下げるような形で)30分ほどかけてミルクを注入するという具合でした。


 実際に食べる練習は、綿棒の先にミルクをつけて、それを口に当てるというようなことから始まりました。この頃は、食べる練習のためにほんのわずかでも口に入れると、すぐにむせたり、吐いたりの繰り返しでした。

 子どもがなかなか口から食べることができないことについて、母親である妻は大変つらい思いをしたと思いますが、この時期、妻はほんとうによく頑張っていたと思います。


 私は、もう一生チューブが抜けないのじゃないか、口から食べられないのじゃないかと思うこともありました。


 チューブを抜いて、口から食べられるようになってきたのは、長女が3歳になる頃でした。


 ずいぶんと時間がかかりました。また、重い障がいを抱えた子どもたちの中には、さらに長く経鼻チューブを入れ続けなければならないことがあることも知っています。

 

 そのようなことから私が学んだことは、二つあります。一つは、「量とか質とかはまあいいじゃないか。子どもが喜んで食べていれば十分だ」ということです。


 長女は食が細かったので、当時は食べられるものは何でも食べさせようと思い、柔らかくて食べやすい(なによりカロリーの高い)ケーキをしばしば食べさせていました。それで、あるとき、お医者さんから「ちょっと脂肪肝気味になってきている」と言われたほどでした。さすがにこれは行き過ぎでしたが、当時はそれほど「食べさせること」に切羽詰まっていたのだと思います。


 療育の先生に教えていただいた中で印象に残った言葉に、「食べさせることは、一週間単位で考えたらよい」というものがあります。親は一日の、あるいは一食の中の、食事の量や栄養のバランスで一喜一憂するのですが、実際はそれほど気にすることはなく、一週間のスパンの中である程度量やバランスが取れていればよいということです。これで私はかなり気が楽になりました。


 もう一つは、「時間はかかるけど、必ず少しずつ自分で食べるようになる。食べさせるとは、その意欲をサポートすることだ」ということです。


 「食べること」は生きていくうえでもっとも大事な活動の一つですから、それが上手く行かないときは親として本当に何とも言えないつらさがあります。それでも、子どもは必ず、親の「食べさせること」を越える「食べる」意欲をもっているので、その意欲に気長に付き合っていく気持ちが大切だと思います。


 言い方を変えると、食べることは生きていくことそのものですから、まず「食べること」が楽しくないといけないということです。食卓が楽しくないといけないということです。


 そういうのって、本当はいかに「食べさせるか」よりも大切なのですね。

 私は「食べさせること」に必死になるあまり「食べること」の楽しさを見失い、過度に神経質になって、彼女の「食べる」ことの足を引っ張っていたように思います。そのことに気がつくのにかなり時間がかかりました。


 「食べさせること」については、障がいを抱えた子どもの子育てをする人たちの中で共通した大きな関心事だと思いますので、また別の機会にも書いてみたいと思います。

Ueda Lab (心理療法研究室)

とある大学で心理療法の研究と教育をしています。

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