台風エリス

 このブログでは、心理療法に関係する本も紹介していきたいと思います。

 ただし、専門家のブログで専門書を紹介するのは普通のことですので、私のブログでは、多分に独善的な視点から(笑)、あまり他の人が紹介することのなさそうな本で、かつ心理療法を考える際に参考になりそうな本を幅広く紹介してみたいと思います。


『台風エリス』


 エリス・レジーナは、ブラジル音楽界ではもっとも有名な歌手の一人です。ブラジル音楽と言うと、ボサノバを思い浮かべる方が多いと思いますが、彼女は(もちろんボサノバも歌っていますが)むしろもっと大衆的な歌謡曲の女王ともいうべき人物です。誰かが言っていたと記憶していますが、わが国の美空ひばりに喩えても決して大げさではないでしょう。

 

 私は彼女の『In London』というアルバムを最初に聴いたのですが、1曲目から文字通りひっくり返りました。もう、ものすごい才能です。私は音楽に関して全くセンスのない人間ですが、その私が聴いても分かるほどの才能です。その後、エリス・レジーナのアルバムはすべて買い求めましたが、どれも同じような迫力をもったものでした。


 エリスの歌い方はというと、とにかくめいっぱい自由に、めいっぱいパワフルに歌う、という感じです。私なりに表現すると、見知らぬ聴衆のことなど気にしないで、(実際誰かへのメッセージだったのかもしれませんが)その場で特定の親しい人と会話を楽しんでいるような気軽さがあります。


 「ああ、才能ってこういうものなのだな」と素直に感心させられる力をもったものです。


 『台風エリス』という本は、そのエリス・レジーナの評伝です。

 彼女の才能がどれほど魅力的であったか、またそれにどれだけ多くの人が惹きつけられ、同時にどれだけ多くの人が振り回され、傷ついたかが、とても上手に描かれています。


 私はこの本を読んで、「才能」ということについて深く考えさせられました。

 才能というものは、まさに題名である「台風」のようにものすごい力でいろんな人を巻き込んで、いろんなものを破壊し尽くし、ものごとのありようをそれまでとはまったく違った新しいものにする力であると同時に、それに惹きつけられた人は否応なく振り回され、混乱し、傷つくものなのだなとわかります。

 すんなりとした理解に収まらない理不尽な力が「才能」というものの魅力と怖さなのだと思います。 


「論理的で、誠実で、矛盾していた」

 

というのが、この本の帯です。

本当に素晴らしい。この帯を書いた人は天才だと思います。


「論理的で、誠実で、矛盾していた」


 私は、これはエリスに限らず、人とはそういうものではないかと考えています。

 そして、この「矛盾していた」というところを愛せなければ、心理療法家にはなれないと思います。

 一貫した、正しいアドバイスをして、そのように人を変えることが心理療法ではないのですから。


 むしろ理不尽な力を認め、それに振り回されながらもそれを愛する態度が、心理療法という営みのベースを形作っているように、今は感じています。


 私は科学的な手法を尊重していますが、いわゆる「科学の知」(客観性・普遍性・論理性を重視する)のみで心理療法をおこなうときに上手く行かないことがあるのは、このあたりにポイントがあるような気がしています。

 


Ueda Lab (心理療法研究室)

とある大学で心理療法の研究と教育をしています。

0コメント

  • 1000 / 1000