くらしのための料理学


土井善晴「くらしのための料理学」(NHK出版)


 良書です。


 土井先生の語り口は独特の柔らかさがあって以前からファンでしたが、最近料理に対する考えをまとめた本をいくつか出版されているようで、今、順番に読んでいます。


 土井先生がよく言われているのでは、「一汁一菜のすすめ」という考え方です。

 よく聞く「一汁三菜」は、戦後の栄養状況の改善のために西洋から持ち込まれた考え方で、日本では昔ながらの「一汁一菜」でよいのだという立場です。そうすればもっと気楽に家庭料理ができる。基本はご飯と、具だくさんのお味噌汁と、漬物、これに余裕があったり、旬のものがあったりしたときに一品足せばよいのだと。お味噌汁も、別に冷蔵庫のものを何でも入れたらいいんです、と言ってくれるのです。


 料理について肩肘張らなくてもよい、気楽にやったらいい、という教えです。


 ただし、注意深く読まなければならないのは、土井先生は「気楽」というのは決して「手抜く」というのじゃないと言っているのです。(最近はむしろ手抜く技術を伝える料理人がいかに多いことでしょう。)

 むしろ、きちんとすることが大事で、ご飯をきれいによそう、食卓を拭き清める、器をきれいに並べる、そういうことが大事で、それでおいしくなると。面白いですね。

 それを土井先生は「整える」(盛り付けを飾るというのとは少し違って)ことが大事と言っています。なるほど。




 他にも面白い箇所はたくさんありますが、例えば、「混ぜる」と「和える」の違いについて、フランスのシェフに向けた講演会で「和える」をハーモニーと言ったらよくわかってもらえたと言います。西洋料理で主となる「混ぜる」は液体、粉類、卵などを混ぜてまったく違うものを(形を変えて)作ることです。和食の「和える」は、あまり食材に手を加えず、互いに汚し合わないように、さっと合わせる。非常に感覚的なものだと。ゆえに、「混ぜる」は進化だが「和える」は深化だと言うのです。


 ここから土井先生は、西洋料理に代表される現代の「食べること」中心の文化は「進化」、つまり前へ進んで形を変えることが大事ということだけれども、和食には「深化」という側面があると。形は変わっていないのだけど、深まっているのだと。




 カウンセリングもそれと同じようなところがあるように思います。クライエントと言われる人たちのお話を聞くと、もともと持ってこられた困りごとはあまり変わっていない、あるいは現実的には変えることが難しい困りごとであっても、カウンセリングが進むとその方の中で何か変化が起こっている。それは目に見える部分で形が変わるような進化とは違うのだけど、深化と呼びたいような動きで、その深化によってその方は次へ進んでいるのです。


 「和える」もそうですが、土井先生は、和食とは「素材を生かすもの」「なにもしないことを最善とする」と言ってよいのだと。それが西洋の料理と異なるところであると言います。

 これは、河合隼雄先生が「カウンセリングは何もしないことに全力をそそぐものだ」と言われたことにそのままつながるようなところがあるように思います。


 カウンセリングとは、対象を無理に前に進めて形を変えることではなく、むしろその人(料理で言えば素材)そのものが生かされるように深まることを手伝う営みだと考えてもよいのではないでしょうか。


 ほんとうに読みやすい、短い本ですが、いろいろな連想が浮かぶ良書であると思います。

Ueda Lab (心理療法研究室)

とある大学で心理療法の研究と教育をしています。

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