スイス滞在記(8)
先日、次女の通うチューリッヒ日本人学校で「こころの授業」を行ってきました。
大学で心理学を教えてはいるものの、子どもたちを前に「こころの授業」と言えるほどのことをお話しできるかというと全然自信はなかったのですが、保護者のボランティアで何かできるものはないかということで、お引き受けしました。
当日は、滝平二郎の絵本と西原理恵子のマンガを題材に、「おはなしを聞くことのもつ力」について子どもたちとやりとりしてきました(上手くできたかどうか…苦笑)。
チューリッヒ日本人学校では、スイスらしい体験をたくさんさせてもらっているようです。お祭り、ハイキング、湖畔でのバーベキュー、冬にはスキーもあるそうです。少人数なので、昼休みや放課後に小学生と鬼ごっこをすることもあります。次女は中学3年生になりますが、「平和だー」と言いながら、喜んで通っています。それだけで彼女をスイスに連れてきた甲斐がありました。
さて、ここから本題です。
私はこれまで教育相談や学生相談、スクールカウンセラーなど、教育臨床を中心に仕事をしてきました。そのためこちらでも可能な限り学校行事に参加したり(プールの監視やマラソン練習の計測係もしました笑)、先生方や保護者の方のお話をうかがったりして、見聞を広げています。
特に、日本人学校には全国各地から先生方が赴任して来られるので、お話をうかがうのがとても勉強になります。ある先生は、スイスの学校は不登校が少なく、のびのびしていることに感銘を受けたとおっしゃていました。
ここからはスイスの教育について見聞きしたことをもとに、学校教育というテーマで最近考えていることを書いてみます。見聞きしたことを元にしているだけなので、もしかしたら不正確なところや一面的なところもあるかもしれませんが、備忘録的なものとしてお許しを。
まず驚いたのは、スイスでは義務教育を終える15歳の時点で、職業訓練に進むか大学をめざすかを選ぶという仕組みがあることです。聞いたところでは、約3分の2が職業訓練(デュアルシステム)へ、約3分の1が普通高校(ギムナジウム等)へ進むそうです。ギムナジウムは4年間で、卒業時に大学入学資格「マトゥーラ」を取得します。これがあれば、原則として国内の大学へ試験なしで進学できるそうです。
この最初の進路選択の時期の「早さ」に驚きました。ヨーロッパではもっとゆっくりと進路選択をしているものだと思っていました。
日本的な感覚だと、進路選択のタイミングがちょっと早くないだろうか?と感じる一方で、地に足が着いているような印象も受けます。面白いものです。
職業訓練を選んだ人が大学に進学したり、その逆であったり、途中で進路を変更できるという柔軟性が確保されているということが大きいのだと思います。一度社会で働いた後に大学に入る人も多いと聞きます。また、子どもたちが早くから多様な職業や仕事の実際を知ることできる機会(職場体験的なもの)を多く設けていることも、(進路選択の時期が早いにもかかわらず)地に足の着いた印象と関係しているように思います。
日本の場合はひるがえってどうだろうと考えます。小学生のころから繰り返し「将来の夢」を書かされますが、それはほとんど職業選択と同義になっているようです。かつ、そこで思い描かれる「職業」は、多様な仕事のありようをふまえられているのだろうか、疑問が残ります。子どもたちはほんとうの意味で「夢」を描けているのだろうかと思います。
同時に、大学進学の意義も全体的に漠然としているような印象を受けます。
少子化が進み、大学進学率も頭打ちとなり、地方と都市部の進学率の差も大きいままです。大学時代をモラトリアムと呼ぶ人もいますが、それはもう昔のことで、今の大学生はとても忙しく活動しています。企業は基本的に新卒採用を重視しているので、18歳で大学に入る人がほとんどで、また入学した大学では専門教育や遊びに割く時間も十分でないまま、1年次から就職セミナーやインターンシップに追われるとしたら、それもどうなのだろうと思います。
いま日本では盛んに教育改革が行われていますが、学校を変えるだけでなく、その先にある「働くこと」まで視野に入れながら行われる改革でなければならないような気がします。
これは決して「就職のための知識や技術を大学で身につけさせるべきだ」と言いたいわけではありません。むしろ働くことや大学で学ぶことの意義そのものをいかに明確にしていけるか、ということではないでしょうか。スイスの制度を見ると、わが国とは違う発想があることがよくわかります。
次に感じたことは、スイスの学校は外国人の教育に手厚いということです。
わが家は子どもが日本人学校に通っているのですが、スイスに住んでいる日本人は子どもを現地校に通わせている人も多く、またそのことを勧める人も多くいます。その理由は、外国人にも非常に手厚い教育を受けさせてくれるということなのです。
スイスは国のありようとして外国籍の人が多く、そのため彼らの受け入れの仕組みを整える必要があるのだ思いますが、その受け入れのキーとして外国にルーツのある子どもたちの教育を支えることが重要だと考えているようなのです。
一番わかりやすいのは、語学です。
チューリッヒはドイツ語圏なのでドイツ語が必須ですが、外国人児童生徒には別枠で時間と人手をかけてドイツ語を教えてくれます。また、スイスは多言語国家であるため、イタリア語圏やフランス語圏もありますが、それらの言語もプラスで教えてくれるところもあると聞きます。スイスという国になじんでほしいという、社会全体の考えの表れなのでしょう。
EUに加盟せず、多言語・多民族でありながら、国としてまとまりながら豊かに暮らしているスイスの強さにも通じているように思います。
近年は移民や外国人居住者についてさまざまな意見があることも承知しています。日本においても外国につながる子どもたちもさらに増えてくると思われます。その際、外国にルーツをもつ子どもたちに丁寧な教育をサポートする制度がますます大事になってくるのではないでしょうか。スイスのありようはその参考になると思います。
最後にもう一つ、スイスの教育でとても興味深いと思ったこと。
それは、スイスでは病気などのやむを得ない事情以外で学校を休むと保護者に罰金が科せられることがあるという話です。「本当に?」と思いましたが(笑)、本当らしいです(地域や学校によって運用は異なるかもしれません)。
すごいですね。ただし年に2日は「ジョーカー・デイ」(Jokertag)という、自由に学校を休むことができる日もあるらしいです。なるほど、「ジョーカーの日」ですか。ネーミングもしゃれています。
スイスでは不登校は少ないと聞きます。もちろん不登校の少なさは上記の制度だけでなく、その他の施策や学校のサポート、社会全体の雰囲気も関係しているだろうことは言うまでもありません。義務教育というのは教育を受けさせる義務である、というのはよく知られたことですが、スイスは少なくともそれを徹底しようとはしているのでしょう。
上の制度はきっと功罪両面あるのではないかと想像しますが、このあたり、もっと知りたいと思いました。
ふりかえって日本の教育を考えてみると、不登校児童生徒の多さ、いじめや虐待の問題、貧困や教育格差の問題、教員のなり手不足など、ここのところ日本の教育現場はずっと苦境が続いています。
例えば、上記の制度をそのまま日本の学校で導入しようとしたら、きっと大さわぎになってしまうでしょう。もともと日本では「子どもは学校に通うのが当然である」かつ「学校では皆同じようにふるまうことが望ましい」という圧力が大きかったため、子どもが苦しいまま学校に通っていたのかもしれず、むしろ「子どもが学校を休むことができるようになってきた」ととらえらることができるとも言われます。国の施策も、単に無理をさせてでも学校に登校させるというものではなく、「学校に登校ができない場合でも、可能な限り必要な教育を受けられるようにサポートしよう」という流れになっています。
それぞれの国の抱えた状況や文化的背景が異なるので、その国の状況をよくよくふまえた施策やサポートが必要であるのだと思います。
いずれにしても、諸外国の状況や施策から学ぶものは多くありそうです。
今回は、スイスの教育で印象に残ったことから、いくつか思いつくまま書いてみました。
まだスイスにいる時間があるので、何か気がついたことがあれば備忘録的に追記していきたいと思います。
手前味噌で恐縮ですが、こうした関心にもつながる学校臨床の本を書きました。よかったらぜひ読んでみてください!
『「飛ばない教室」を生きる―スクールカウンセラーに何ができるか』(教育評論社)
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