スイス滞在記(7)

 閑話休題

 食について。

 海外在住の人が日本に帰りたくなる理由に、 日本の学校に通いたいとか、日本のテレビが見たいとか、日本のデパートに行きたいとかじゃなく、日本食を食べたいからというのが多いと聞いたことがある。

 さもありなん。

 食はもっとも人を惹きつける、毎日の生活の営み、だからである。

 池波正太郎や向田邦子や村上春樹がその物語の中に食や食事シーンを丁寧に描くのもわかる気がする。


 私は特に開高健の食についてのエッセイが好きだが、彼は世界各国の食についてほんとうに執拗なほど詳細に(味覚だけでなく食べるときに指に付いた油を舐めるような触覚まで感じ取れるほど)表現している。読むたび「ああ、これが人間なんだな」と感じる。食は歴史や文化でもあり、人間の根源的な欲求という意味で業でもあり、こんなによいテーマはないのだろう。誰か食についての臨床心理学的研究をしてくれないものか。



 

 最初から話が横道に逸れてしまった。

 スイスの食について書いてみようと思う。


 とは言ったものの、スイスの食は(私から見て)極めてシンプルである。特徴がないことが特徴と言ってもよさそうだ。フランス料理のカラフルさやイタリア料理のこだわりや中華料理の勢いのようなものはない。むしろ「どうして食にそんなものが必要なんだ」とでもいわんばかりのシンプルさだ。チーズフォンデュだって、パンをつけるだけである(ジャガイモとかソーセージとかあれこれつけるのは邪道らしい)。

 これだけの種類のチーズとハムがあって、その上何が必要かという感じである。昼休みはみんな外へ出て、公園の芝生に据わったり、ベンチに座ったり、立ったままであったりしながら、幸せそうにシンプルな(むしろ淡白なと私には見える)サンドイッチやリンゴをかじっている。

 ほほう、そういうものですかという感じがする。


 世界のことは何も知らないに等しいけれど、本やテレビで仄聞する限り、日本の食のレベルは極めて高い。

 スイスだっておそらく低くはないのだろうけど、日本人の食に対する繊細さや粘着はちょっと比較にならないのではないかと思う。それをもって日本が素晴らしいと言うつもりはまったくないけれど、こちらで生活して、食事をしてみて、こと食に関しては日本の「微に入り細に入り」というこだわりはすごかったのだなと実感させられる。





 一つ例として食材をあげてみよう。

 外国に、旅行でなく生活者としているということの面白さの一つに、地元のスーパーに行くということがあるのではないかと思うが、実に興味深い。スーパーには生活がある。散歩も兼ねて2日に一度はスーパーに安い食材を買い出しに行っている。

 その食事がシンプルで種類が少ない(スミマセン、個人の感想です苦笑)のと同様、スイスのスーパー的なお店も全然種類がない。有名なMIGROSとCOOPとキヨスク。これでほとんどである。イオンがあって、イトーヨーカドーがあって、ダイエーがあって、マルエツがあって、オオゼキがあって、コンビニもセブンイレブン、ローソン、ファミマがあって、みたいなバリエーションはない。

 MIGROSやCOOPは庶民的な店で、基本何でも揃っているけど、決して安くはない。激安の店はないのかということだけど、DENNERとLIDLEという二つのチェーン店がある。数は少ないけど、MIGROSやCOOPに比べるとだいぶ安い。


 余談だが、チューリッヒ中央駅近くには日本食材店もあって、味噌や醤油など多少買うことはできるけど、日本の値段を知っているとなかなか手が出ない。納豆が7CHF(1,400円)である。子どもが「ガリガリ君」が売っていると友だちと食べに行ったけど、値段は聞かないでおいた(笑)。

 また、近所の牧場の自動販売機で卵を売っていて、買ってみたけれど6個で4CHF(800円)。もうありがたくて飾っておくレベルである。


 このように食材が高額なのは辛いのだが、さらに辛いのは種類が少ないことである(食材はどれもきれいで、それぞれは美味しいのだけど)。

 例えば日本だと柑橘類と言えば、みかんがあって、みかんの中にもどこどこ産だとか小玉だとか大玉だかあって、はっさくがあって、いよかんがあって、ぽんかんがあって、ということだけど、こちらは「オレンジ」だけである。野菜もほうれん草はよく見るのだけど、その他は種類が少ないし、きのこもマッシュルームだけで、えのきもしめじもない。先日エリンギを見つけて驚いたくらいである。

 ドレッシングでサラダが食べたいとしても、フレンチとイタリアンみたいなものの大きなボトルがあるだけで、日本の美味しいあれやこれや、手の込んだドレッシングの種類には遠く及ばない。

 当然だけれども魚はない(あるけど、あれはあるうちに入らない)。肉も意外に少ない(ハムやソーセージは多いけれど)。しかも肉は値段が非常に高い。日本のような脂の乗った薄切り肉みたいなのはなくて、お願いしないと薄く切ってくれない。こっちの人は何でタンパク質を取っているのだろう。


 一方で、スイスのスーパーではチーズの種類がやたら多くて、なんでこんなたくさんの種類のチーズがあるの?というくらい陳列されている(スイスの人から見たら、日本のスーパーはなんでこんなにたくさんの種類の米が売っているのかときっと感じるのだろう)。あと種類が多いのはヨーグルト。これも棚一面にずらーっといろんな種類のものがあって、しかも割と安い。非常にありがたい。朝はヨーグルトでお腹を膨らましている感じ。この種類の豊富さと値段はちょっと極端だよなあと思うほど。


 このように、ある種のものを除くと基本的に種類が少なくて高いのだが、値段がそれなりで、美味しいものもないわけではない。


 例えば、チーズ、ヨーグルト以外だと、トマト、りんご、スイカ、ブルーベリー、すもも、など。パスタも安い。そして米も安い(種類はない笑)。

 特に夏のスイカとすももはみずみずしくてとても美味しかった。

 りんごは特に美味しい。道ばたにもよくりんごの木が植えられている。りんごはわりと小ぶりだけど外れがない。日本はいろんな種類のりんごがあるけど、こちらでは赤リンゴか青リンゴしか見ない(ような気がする)。でも、みずみずしくてとてもおいしい。ときどきこちらのお兄さんがおやつ代わりに歩きながらかぶりついている姿を見かけるが、なかなかキマってる。





 横道に逸れてばかりで何を書いているかわからなくなったがー。

 つまり、スイスではスーパーの種類が少なくて、食材も(きれいで一つ一つは美味しいけれど)その種類は少ないので、必然料理のバリエーションは限られてくるのじゃないかと想像している。こちらで何か作ろうとしても、ハムとチーズのサンドイッチとか、パン、パスタ、ピザ、それからサラダ、そういうベーシックなもので構成されて、それ以上変化がつけにくいような気がする。

 そして、大事なことは、どうもこちらの人は別にそれで困ってもいないように見えることだ。あれやこれや、コテコテ、ギトギト、みたいなものはやはりスイスの風土に合わないのだろう。


 アメリカやイギリスに行った人の話を聞くと、食事に関してもっと不満がありそうなので(スミマセン)、それに比べたら、価格は高いにしても十分なレベルなのだと思う。

 もちろん、食というのは、味付け云々だけでなく、どういう雰囲気で、どういう具合に食べるのかという要因もある。そこはスイスは皆で集まって、ゆったりと、店の外のテラスで食べている姿が多いので(店の中は空いている)、その雰囲気の加点は相当大きいだろう。




 結局書き出しに戻って、日本食が懐かしくなってきたという話である。


 友人知人が一時帰国時の時に食材を買ってきてくれたり、日本から送ってくれたりすることがあって、それをわが家で「補給」と呼んでいるのだけど、おもちとか塩昆布とかドレッシングとかいただいて、(決して高級な食材ではないと思うけれど)久しぶりに食べたら美味しくて泣いた。


 ただ、今回食についてあれこれ考えてよくわかったのは、日本はたしかに安くて、種類が豊富で、味付けも繊細で、美味しいのだけど、もしかしたらそれは「過剰」なのかもしれないなということだった。


 日本での自分の食事を思い起こしてみると、決して高額なものを食べるということはないが、種類や味付けが発達しすぎた日本食に悪い意味で慣れてしまっていて、やや飽食になっていたのかもしれないと反省した。こちらの人がリンゴにかぶりついているように、テラスに集まってゆっくり食べているように、あるいは白ご飯を炊いて、「補給」の塩昆布で食べて感激したように(笑)、もっとシンプルなものでも美味しいものは十分に美味しいし、そういうところで満足を得られるように変えていった方がいいかもしれないと思った。


 日本に戻っても、スイスの食のあり方を忘れないようにしたい(が、ひとまずラーメンとか刺身とかとんかつとか、日本の食事がしたい笑)。



Ueda Lab (心理療法研究室)

とある大学で心理療法の研究と教育をしています。

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