ほめ上手な渡辺さん


 「建もの探訪」っていう番組、ご存じですか。

 「建もの探訪」は、渡辺篤史さんが日本全国の名建築を訪ねる旅番組として1989年にスタートしたそうで、今はむしろ個人住宅を専門として日本中の素敵なお家を紹介する番組になっています。

 私は、本も持っています。素敵なお家の紹介がカラー写真でなされていて、パラパラとめくっているだけで幸せな気分になります。


 とんでもない朝早くに(今は土曜朝4時25分?)放送されているにもかかわらず、日本有数の長寿番組でもあるのですから、すごくファンが多いのだと思います。

 もちろん、私も大ファンです。




 思うのですが、あれはメインの渡辺篤史さんのキャラクターがよいのだろうと思います。

 もう30年以上続く番組ですから、渡辺さんも白髪が目立つようになってきましたが、本当に気のいい、明るいおじさんという風で、お家を訪問して、子どもに話しかけたり、猫とじゃれたりしながら家の隅々まで上手にほめるのですから、いい気持ちしかしません(笑)。


 本ブログの趣旨に関連づけると、この番組の渡辺さんは心理療法的な観点から見てもすばらしい「聞き手」の例なんですね。

 「ほめ上手」と言うと少し浅いので、むしろ「相手のよいところを見つけ、そこから会話を広げ、さらに本質的な部分に迫るテクニックの持ち主」と言ってよいかもしれません。

 あまり分析的になっては失礼なのですが、とても勉強になるので、あらためて実際渡辺さんのどんなところがすばらしいのかなと考えてみました。(もちろんテレビ番組ですから、リハーサルや打ち合わせなどがあってのことだと思いますがー)


【専門的な知識が豊富】 まず前提として、建築方法やその材料についての専門知識が豊富ということがあると思います。いかに素敵な住宅を見せてもらっても、「ああ、素敵だな」と言うだけではここまで長くは続かなかったでしょう。渡辺さんは材木の種類や組み方の知識に始まり、椅子や机など調度品についても詳しく、「何々という材ですね。いいですねー」とか「何々チェアですね、素敵だなー」とか。こだわりのある人にとっては、「この人は単にほめているんじゃなくて、よく知っている人なんだなあ」と、それだけで信用度が上がると思います。上手く聞くということは、やはりその領域の専門家である必要があるのだと思います。


【細かいところに気がつく】 上に関連しますが、専門知識が豊富なので、建て主の住居へのこだわりによく気がついている。「こんなところに、これが!」とか「この色は何という色ですか?」と気がついてみせるのです。一種の注意深さ、繊細さでもありますが、関心をもって見てくれているのだなということが相手に伝わると思います。


【驚いてみせる】 それから細かいところに気がつくだけなく、気がついたことに対して、(テレビということもあるのでしょうけれど(笑))かなりおおげさに驚いてみせるということがあります。階段の手すりの角が丸くなっていることに驚かれると、「いやあ、これにはこれこれという理由がありまして」と(喜んで)言わざるを得ないというわけです。われわれカウンセラーもそのようなところがあります。カウンセラーというと黙って静かに話を聞いている印象があるかもしれませんが、実際はクライエントの言われたことに驚いたり、不思議がったり、そういったリアクションは大きく取っているのです。いわゆる「肯定的関心」と言いますか。相手はその反応に応じて、説明の深さや細かさを変えてくるわけですから、驚くというのは聞き手として重要な態度であろうと思います。


【体験してみせる】 渡辺さんは、例えば実際に椅子に座らせてもらって「いやあ、いいなあ!眠くなっちゃうな」と感想を言ったり、浴槽に入って「うわー、広いなあ。子どもと遊べますね」とほめてみたり。ただ見るだけじゃなくて、実際に体験してみせるということをします。これはわれわれの領域では(そのままでは)やりにくいものですが、言葉だけでなく追体験してほめるというやり方は上手いと思います。


【言い換えてみせる】 これは心理療法の技法で言えば「リフレーミング」と呼ばれるものに近いでしょう。大きなお風呂は「うらやましいなあ」とほめるのですが、普通のユニットバスも「手入れが楽ですものね」と言ったり。大きな窓は誰が見ても開放的ですが、小さな窓はデザインをほめたり。採光が難しい家でも「ここにちょっとしたトップライトがあるだけでありがたいなあ!」とか、上手いものです。建築というのは、敷地や予算や周囲の環境などの制限がある中でのもの作りですから、その制限の中の創意工夫としてすべて肯定的に見ているということですね。これは聞かれている相手としてはうれしいはずです。


 と言った具合に、渡辺さんはほんとうに「よい聞き手」で、それがこの番組の大事な味になっているのだと思います。その聞き方はわれわれカウンセラーから見ても、非常に勉強になるものです。(と言っても、そもそもあの渡辺さんのような明るいキャラクターになれないので、マネはできないのですが…苦笑)


 「建もの探訪」、ぜひ!

Ueda Lab (心理療法研究室)

とある大学で心理療法の研究と教育をしています。

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