臨床心理学で博士論文を書くということ(その3)


「臨床心理学で博士論文を書く」ということについてまとめています。

これまで2回は「書き始めるまでが大事」ということを述べてきました。


今回は、主査の先生が決まり、論文を書き始めることについてのGOサインが出たとして、「書いている最中のこと」についてまとめてみたいと思います。これも2回くらいに分けて論じてみることになるかもしれません。


さて、「書いている最中のこと」として、振り返って大事であったと感じられるのは「書きながら組み立てる」「書きながら発見する」ということです。


もちろん主査の先生には「こういうテーマでこういう材料でこういう考察で書こうと思う」ということは伝えて、許可をもらっているわけですが、それでも変更はあってよいと思います。周囲で博士論文がなかなか書けない人を見ていると、「完全に決まってから書こうとしているために、書けない人」が散見されます。問題から結論まですべて決まってから書くことが出来れば上等ですが、いくつかの論文を束ねる大きなストーリーが必要となる博士論文においてそういう進め方は現実的ではないし、最初から決めた通りに出来上がったとしてもそれはあまり面白いものとならないでしょう。自分を越えた発見がないからです。


この「書きながら組み立てる」「書きながら発見する」プロセスに一番よいのでは、当然ながら主査の先生と議論することです。私は、書き始めた当初から(固まっていない段階のものでも)常に文章にして主査の先生にコメントを求め、先生はその都度意見をくださいました。結果として、当初予定していたテーマとは異なるテーマで書くことになったので、主査の先生にはずいぶんご迷惑をおかけしてしまったのですが(苦笑)、大変ありがたい意見交換でした。




繰り返すように、すでに博士論文を書こうとする人は一定の材料(いくつかの投稿論文)は揃っているはずです。揃っていないと、博士論文を書くことは認められないはずですから。そして、博士論文はこれまで出した論文を総括するようなものになる場合が多いと思われます。ただし、それは過去に書いた論文を単に並べた論文集のようなものであってはならないと思います。むしろ過去の材料をもとにしてもう一段階大きな論(ストーリー)を新たに立てて<書き下ろす>ようなものであるべきです。


私の恩師は、その大きな論(ストーリー)を、研究者としての思想形成だと言いました。けだし名言だと思います。博士論文が研究者としてのゴールでなくスタートであるとすれば、今後長く研究者として追求していく目印となるような大テーマがここで掲げられるとよいのです。


(と言いつつ)私は、実はこれで大変苦労しました。というのも、私はあるトピックや問題領域について集中的に論文を書くスタイルではなく、むしろてんでバラバラ、いつもそのときに興味のあること、面白いと思ったことを単発で書いてきました。切り口もかなりニッチなものが多かったように思います...。ゆえに、それらをまとめて大きなストーリーを描くことに非常に苦労をしたのです。

率直に言って、自分の論文はとても一つにはまとまらない思っていました。それでもなんとか借り物の大きな袋に詰め込もうとして、書き始めた当時はかなり無理のある博士論文のテーマになっていたように思います。しかし、それはまだ考察が足りなかったんですね。自分の書いてきたものですから、各論文のテーマは違っても、時間をかければ共通項は見出せるのです。

そして、それは(本ブログの最初に述べたように)書きながらでなければ見つけられない類のものであるように思われるのです。


なにせ、ほかでもない(ー「私」という要因が入らざるを得ないー)「臨床心理学」で博士論文を書いているのですから。「私」というものは、最初から見えている客体ではなく、書いているその動作のうちに見いだされるものなのですから。

変な言い方ですが。



私について言えば、書いている最中にある言葉に触れて、これまで書いてきた一見バラバラな論文たちをその言葉をテーマとして貫けるような気がしたときが、博士論文を書いていてもっとも興奮したときでした。「ああ、これで書き通せる」と思った瞬間でした。(おかげで一から書き直すくらいのことになってしまいましたが)

何より自分のやってきたものが(てんでバラバラで、時には「こんなの研究じゃない」と怒られるようなテーマのものが(笑))一つの筋でつながったとき、極端に言うと自分という人間がつかめたような気がしたのです。


それは博士という学位を取得することより、私にとって「実質的に」意味のあることであったと思います。


思うに、若いときからその後の研究者人生をかけて追求していくテーマが決まっていて研究をしている人はそれほど多くないと思います。博士論文を書きながら、それが発見できれば御の字ではないでしょうか。


Ueda Lab (心理療法研究室)

とある大学で心理療法の研究と教育をしています。

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