スイス滞在記(3)
スイスに到着して1ヶ月が経ちました。このひと月は長期滞在のための手続きに追われるひと月でした(そしてまだ終わっていない)。生活を整えて慣れるだけでひと月経ってしまったような気がします...。
これからサバティカルに関連したテーマで連続してブログを書いていきます。
目的は、前の記事で述べた通り、こちらで経験したことを言語化してよく考えてみたいということ。もう一つは、似たような経験をする人がいたらその人の参考になるように記録しておくということです。
徒然なるままに書くので、文体もばらばら、内容もまとまらないかもしれませんが、記録が主な目的なのでお許しを。
とは言え、いくつかテーマは絞られると思います。
1)サバティカル取得の動機
2)大学や受入研究機関との手続き、また渡航や長期滞在許可の手続きに関すること
3)受入研究機関での学びについて
4)スイスでの暮らし、言語や食や人々について
5)長女も同行しているので、スイスの障害福祉について何か気がつくことがあれば
6)次女も同行しているので、スイスでの教育のあり方について
あたりになろうかと思います。
何はともあれ、「サバティカル取得の動機」から書き始めてみます。
私は(職場は様々でしたが)これまで一貫して心理療法を自分の仕事としてきました。それなりに長い年月が経ちましたので、多少技術的には上達したところがあるかもしれませんが、やはりまだわからないところ、上手くいかないところが多くあります。それ自体は恥ずかしいことだとは思っていません。人のこころを対象にしている仕事ですもの、簡単に理解したり、操作できるはずがないからです。ただその中で少しでも理解したいし、できることは増やしていきたい。
直感として感じるのですが、この年齢になって、自分がやろうとしている仕事の実態がある程度見えて上手くこなせるようになってきた感覚と、わからないまま古びてきている感覚とが同時にあるのです。これは両方が矛盾せずに存在しています。
あと何年この仕事ができるかわかりませんが、このままではよくないだろうという危機感がありました。しかも、今を逃してはもうこの危機感は起きないだろうということもわかっていました。
ですから、今この時期に、もう一度新しいものを自分の中に取り入れ自分の仕事を立て直したい、そのためには「恥ずかしがらずに一から何かを学ぶ」ことが必要だろうな、そういうことができたらいいな、と思っていました。
ちょうどそのようなタイミングで、大学からサバティカルをもらえる機会がめぐってきたことは本当に幸運でした。自分一人では決められないことですから。
そこでサバティカルを取得して、自分をこれまでとは違う環境において、すなわち海外で心理療法をもう一度学び直してみようと決断した、ということになります。
もちろんこの段階では自分の内的な必然性に従って想像していただけと言ってよく、どこか夢物語のようで、自分をこれまでと違う場所において長期間学ぶということが本当に実現できるかは自身でも信じ切れていなかったところがありました。
具体的には、大学のサバティカルとして海外で研究する場合、所属する研究機関が必要です。これも、自身の関心のあるJung派心理療法の資格トレーニング機関であるISAP(International School of Analytical Psychology)が籍を置かせてくれました。英語も十分できない、海外にまったくツテもない自分にとっては、推薦書を書いてくださった先生と受け入れてくれたISAPに感謝しかありません。
もう一つ、より具体的な目的として、「心理療法の教育のあり方」について示唆を得たいということがありました。
現在は大学に籍を置いて心理療法を教育する側にまわるようにもなり、公認心理師や臨床心理士を目指す多くの学生が大学に入学してくる今、彼ら彼女らにどのように心理療法を学んでもらったらよいか、どのようにしたらよく伝えることができるかは喫緊の課題になってきました。
上手く伝えられた、よく理解してくれている、と感じることもあれば、逆に上手く伝えられなかったり、誤解されたり、わかりにくいと言われることもあります(苦笑)。心理療法は(大学院生以上になってくると特に)教科書に従って内容を伝えればよいというわけにはいきません。心理療法は、クライエントを対象として客観的にとらえ、そこに理論や技法を当てはめるのではなく、クライエントと自分との「関係」を切り離さずに事態をとらえ、またその「関係」の中に積極的に入っていかなければなりません。そして、これと全く同じ意味で(すなわち、心を使うということをトレーニングするという意味で)、その教育にも学生と教員の「関係」が影響してくるのです。
「関係」というテーマを〈二重に入れ込んで〉心理療法の教育ということを考えなければならないのです。
しかし、当然と言えば当然ですが、「関係」を入れ込んだ教育は、例えば心理援助職の国家資格である公認心理師の養成カリキュラムのような、すなわち大学が担っているような「フォーマルな教育」の中ではなかなか扱うことができません。客観的な知識やその効率的な伝授は「関係」を入れては上手くいかないためです。
一方で、「関係」というテーマを心理療法の教育の軸にしている仕組みもあります。それがスーパーヴィジョンや教育分析という教育のあり方です。これらを「インフォーマルな教育」とひとまず呼びますが、その重要性は多くの人がすでに述べているものの、多くはフォーマルな教育の後に、関心のある人が個人的に受けているという状態です。このインフォーマルな教育の部分は、現実には経済的・時間的条件に左右されますし、また心理療法の学派の問題として考えることもできるため、難しい問題であることは重々承知しています。
私は、このサバティカルを利用して海外の心理療法家養成を見て、ひるがえってわが国の「フォーマルな教育」と「インフォーマルな教育」を(部分的にでも)上手く統合する(あるいは接続する)ことができないかを考えてみたいと思いました。
先に述べたように、ISAPはJung派の資格トレーニング機関ですので、体系だった講義システムとケースカンファレンスや教育分析、スーパーヴィジョンなどの仕組みをもっています。
日本の臨床心理士・公認心理師資格とそのまま比べることはできませんが、やはり日本にいては得られない視点もあると思います。海外の心理療法家養成を参考にするのであれば、やはり中に入って自分がその教育を受けてみないとわからないだろうと思いました。
自分が心理療法をやるということと、心理療法を教育するということはかなり異なる。両者は関係はしていますが、相当異なります。これを両方できるようにならなければなりません。
ちょうどこの二つの目的にとって、ISAPはぴったりだったのです。
どこまで目的に応じたものが吸収できるかわかりませんが、きっとこれからお会いするクライエントさんや学生さんにも還元できるものがあるはずです。
最後にもう一つ、非常に個人的なこととして、自分と家族(特に子どもたち)にとって日本を離れて暮らすこと自体にプラスなものがあるのではないかと思ったということもありました。自分自身が田舎で育ち、これまで臨床も研究も教育もずっとdomesticな関心でやってきたからこそ、余計にそのように感じていました。ですので、精一杯の無理をして(苦笑)、今回は家族と一緒にスイスで生活することにしました。いずれにしても、それは補足的なことです。
このような動機に合ったタイミングと場所が、今とスイスであったということになるでしょうか。
今回はサバティカル取得の動機について率直にまとめてみました。
(こちらでは朝はまだ寒い日もあります。)
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